東大ヒト試験が示唆する、NMN筋力改善効果への期待

リリース時間 : 2022-10-06

抗加齢物質として注目されるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)。マウスを用いた実験で、加齢に伴う糖尿病、筋力や認知機能の低下などを改善する効果や健康寿命の延伸が報告されているNMNは現在、世界の様々な研究機関において、ヒトへの効果を調べる臨床試験が進められている(関連記事:「見えてきた、NMNのヒトへの抗老化効果」)。その1つ、NMNを健康な高齢男性に投与した東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科の五十嵐正樹助教らの研究で、「握力や歩行速度の改善」が確認された。握力と歩行速度の低下は、超高齢社会の課題であるサルコペニア(筋肉減少症)の進行指標であり、NMNがその予防に寄与する可能性もある。NMN研究の成果と今後の展望を五十嵐助教に聞いた。

東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科の五十嵐正樹助教(写真:川田 雅宏、以下同)

NMN摂取で老化制御のカギを握るNADが2倍以上増加

 東大の糖尿病・代謝内科のNMN研究は、65歳以上(平均年齢71.5歳)の健康な男性42人を対象に行われた。被験者を無作為に2群に分け、NMNまたはプラセボ(偽薬)のカプセルを1日250㎎、12週間投与した。

 「この研究で私たちがまず確認したかったのは、NMNを高齢男性へ投与したときの安全性と、NMN摂取によって、老化制御に深く関わる補酵素であるNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が、マウスによる実験と同じように増えるかどうかです。高齢男性にNMNを12週間摂取してもらった結果、特に有害事象はなく、安全性が確認されました。また、NMN摂取群では血液中のNADが、12週間でプラセボ群(対照群)の2倍以上に増加しました(図表1)*1」と五十嵐助教は説明する。

 NMNは体内に入るとすぐにNADに変換され、老化を制御する酵素のサーチュインを活性化する。サーチュインは長寿遺伝子とも呼ばれ、この酵素を活性化させることが老化を遅らせることにつながるとされる。

 「体内のNADは加齢と共に減少します。老化や糖尿病、心血管疾患、がん、アルツハイマー型認知症など加齢に伴う病気の発症には、NADの減少が密接に関わっています。NMN摂取などによって血液中のNADを増やすことが老化制御のカギを握ると考えられます」と五十嵐助教は話す。

図表1●65歳以上の男性にNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間摂取してもらい、予定通り完遂できた各10人の12週間後の血中NAD濃度を比較。NMN摂取群の試験開始12週後の血中NAD濃度は、プラセボ群の2倍に増加した。生命の維持に必要なNADは一般的に加齢と共に減少するが、NMN摂取によって増やせることが証明された(出所:npj Aging(2022)8:5;<a href="http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z">http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z</a>)

図表1●65歳以上の男性にNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間摂取してもらい、予定通り完遂できた各10人の12週間後の血中NAD濃度を比較。NMN摂取群の試験開始12週後の血中NAD濃度は、プラセボ群の2倍に増加した。生命の維持に必要なNADは一般的に加齢と共に減少するが、NMN摂取によって増やせることが証明された(出所:npj Aging(2022)8:5;http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z


NMN摂取で高齢男性の歩行速度と握力が有意に改善

 さらに、この研究の成果として最も注目されるのは、運動機能を見る指標である「歩行速度」「握力」「30秒椅子立ち上がりテスト」の数値が、NMN摂取群で有意に改善したことだ(図表2)*1。プラセボ群では、これらの数値にほとんど変化がみられなかった。歩行速度と握力は、進行すると介護が必要になるサルコペニア(筋肉減少症)の診断基準にも使われる指標だ。NMNの摂取によって歩行速度や握力が改善し、サルコペニアが予防できる可能性が出てきたわけだ(30秒椅子立ち上がりテストでは、椅子に座った姿勢から30秒間で何回立ち上がれるかを測定し、脚の筋力やバランス力を調べるために行われた)。

図表2●65歳以上の男性にNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間摂取してもらい、予定通り完遂できた各10人の運動機能を比較。NMN摂取群は、プラセボ群と比べて、歩行速度、左手の握力、30秒椅子立ち上がりテストの数値が有意に改善した(出所:npj Aging(2022)8:5;<a href="http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z">http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z</a>)

図表2●65歳以上の男性にNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間摂取してもらい、予定通り完遂できた各10人の運動機能を比較。NMN摂取群は、プラセボ群と比べて、歩行速度、左手の握力、30秒椅子立ち上がりテストの数値が有意に改善した(出所:npj Aging(2022)8:5;<a href="http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z">http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z</a>)

図表2●65歳以上の男性にNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間摂取してもらい、予定通り完遂できた各10人の運動機能を比較。NMN摂取群は、プラセボ群と比べて、歩行速度、左手の握力、30秒椅子立ち上がりテストの数値が有意に改善した(出所:npj Aging(2022)8:5;<a href="http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z">http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z</a>)

図表2●65歳以上の男性にNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間摂取してもらい、予定通り完遂できた各10人の運動機能を比較。NMN摂取群は、プラセボ群と比べて、歩行速度、左手の握力、30秒椅子立ち上がりテストの数値が有意に改善した(出所:npj Aging(2022)8:5;http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z)

 「マウスを用いた実験で報告されているほどの劇的な変化ではありませんでしたが、歩行速度、握力、30秒椅子立ち上がりテストという複数の項目で統計的に有意な改善が見られました。この結果から見る限り、NMNは高齢者の運動機能や筋力の改善に役立つと言えそうです。NMN摂取によってサルコペニアの予防ができれば、健康寿命の改善にもつながる可能性があります」と五十嵐助教。

 同じようにNMNまたはプラセボを1日250㎎12週間、65歳以上(平均年齢72.6歳)の男女108人に投与した筑波大学の研究では、18時以降にNMNを摂取した群で、下半身の筋力を調べる「5回立ち上がりテスト」と「睡眠の質」で有意な改善がみられた*2。2つの研究機関から同じような結果が報告されたことから、NMN摂取によって、高齢者の運動機能の老化をある程度抑えられる可能性は高いと言って間違いなさそうだ。

力の改善による認知症リスクの低減も

 一方、東大のNMN研究でもう1つ注目されるのが、NMN摂取群で「聴力」に改善傾向がみられた点だ。「聴力が衰えると、人とのコミュニケーションに影響し生活の質を大きく低下させ、認知症になるリスクも高まります。NMNによる目の機能の改善はマウスによる研究で報告されていますが、聴力改善は、これまであまり注目されていなかった面です。今後は、投与期間を24週間以上にするなど臨床試験の期間を延ばして、NMNの摂取によって、聴力、そして運動機能や筋力がどの程度改善するのか検証したいと考えています(関連記事:見えてきた、難聴の克服による認知症リスク低減のリアル

 さらに、五十嵐助教は、今後の臨床試験でのNMNの投与量を1日1000~1200㎎に増やすことを検討中だ。線虫やマウスの実験によって、寿命を延ばし認知症を予防する抗老化効果が期待される糖尿病治療薬のメトホルミンも、少量では効かなくても量を増やすと糖尿病治療に効果を発揮する場合が多いという。NMNに関しては、27~50歳のアマチュアランナーを対象にした中国の研究で、1日1200㎎を6週間摂取しても安全性に問題はなかったことが分かっている*3

 この中国の研究では、48人のアマチュアランナー(うち男性が40人)を低用量群(NMN300㎎/日摂取)、中用量群(NMN600mg/日摂取)、高用量群(NMN1200mg/日摂取)、対照群(プラセボ)の4つに無作為に分け、6週間後の最大酸素摂取量など全身持久力をみる数値を比較した。その結果、NMN摂取群で有意に最大酸素摂取量などが増加し、NMNの量が多い群ほど有酸素能力が上がって体の中に酸素をたくさん取り込めるようになり、持久力がアップしたと報告している*3

東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科のNMN研究チーム。左から蔵並慧医師、成瀬京子医師、五十嵐正樹助教、三浦雅臣医師

東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科のNMN研究チーム。左から蔵並慧医師、成瀬京子医師、五十嵐正樹助教、三浦雅臣医師

がん化のリスクがほとんどないのがNMNのメリット

 五十嵐助教が、いくつかある抗老化物質の中で、NMNに注目するのはなぜなのだろうか。

 「それは、がん化のリスクなど、摂取による弊害がなく安全性が高いからです。健康長寿のための薬や物質の多くは、老化に伴う細胞増殖の悪化を改善する作用があるため、もしも体内にがん細胞があったらそれを増やす恐れがあります。つまり、抗老化作用が期待される薬や物質は、がん化のリスクと表裏一体なのです。しかし、マウスでもヒトでもNMNを若いときに摂取してもほとんど変化はなく、高齢になってから、体内で減少したNADを補うことで効果を発揮します。病気の治療ではなく健康な人が抗老化を目的に摂取するNMNのようなサプリメントは、がん化のリスクがないことが絶対条件になります」と強調する。

 一方、NMNと同じように体内のNADを増やす物質には、NR(ニコチンアミドリボシド)がある。NRに関しては、既に多くの臨床試験の結果が報告されているが、ヒトではほとんど抗老化効果が見られていないことも、NMN研究に注力する理由だという。

 ただし、NMNについてもまだ、マウスで見られたような耐糖能異常や認知機能の改善などの劇的な効果がみられたとは言い難く、社会実装にも課題がある。その課題の1つは価格が高額であること、もう1つは、ブームに乗って販売されているNMN製品の中には、品質に問題があるのではないかとの指摘もあることだ。

 五十嵐助教は、「価格については、技術革新によって徐々に手に入りやすいものが出てくるのではないでしょうか。品質の問題については、現時点では、信頼できるメーカーの商品を慎重に選んだほうが良いと思います。私自身は、もう少し長期間、高用量のNMN摂取の臨床試験を実施し、ヒトに対するNMNの抗老化効果をさらに追及することで、サルコペニアの予防や健康寿命の延伸といった超高齢社会の課題の解決を目指したいです」と語る。

「ヒトに対するNMNの抗老化効果をさらに追及したい」と五十嵐助教

「ヒトに対するNMNの抗老化効果をさらに追及したい」と五十嵐助教

*1. npj Aging.2022 8:5; http://doi.org/10.1038/s41514-022-00084-z
*2. Nutrients. 2022 Feb 11;14(4):755.
*3. J Int Soc Sports Nutr. 2021 Jul 8;18(1):54.

五十嵐正樹(いがらし まさき)氏
東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科助教

2002年東京大学医学部医学科卒業、2008年同大大学院医学系研究科内科学専攻博士課程修了。NTT東日本関東病院内科レジデント、東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科勤務、米国マサチューセッツ工科大学生物学部博士研究員などを経て、2017年より現職。マサチューセッツ工科大学では、老化研究の世界的権威であるレオナルド・ガレンテ教授の下で老化研究を行う。現在も、糖尿病・代謝内科での診療の傍ら、NMNや食品を用いた老化細胞除去薬の研究に力を入れている

(タイトル部のImage:出所はGetty Images)